~早まった出版~
つい先日、 新バッハ全集改訂版の「無伴奏チェロ組曲」 が出版されたことを知った。去年の11月に発行されたようである。旧バッハ全集や新バッハ全集が何かということは他で調べてもらいたいが、ともかく新バッハ全集刊行後のバッハ研究の進展により、改訂版を出す必要が生じたということで、2010年にその第1巻として「ロ短調ミサ曲」が発行され、その後2年ごとに1巻ずつ発行され、「無伴奏チェロ組曲」はその第4巻ということである(ベーレンライター社のページ)。
改訂版の話は聞いたことはあったが、まさかこんなに早く「チェロ組曲」が出るとは知らなかった。非常に悪い予感がした。ぼくは音楽学者ではなく、インターネットで自説を発表しているだけなので、改訂版の校訂者(Andrew Talle 氏)がぼくの研究に気付いている可能性は非常に低いからだ。
インターネットでいくら検索しても、フランスの図書館の蔵書の中には見つからなかったが、パリ高等音楽院の図書館に問い合わせてみると、ちょうど届いたばかりだと言う。早速行ってみた。
2巻に分かれているが、第2巻は各筆写譜が数小節ごとに区切られて比較参照できるようになっているもので、これはとりあえず必要ないので、第1巻の楽譜を見る。気になるところをざっと見てみたが、悪い予感は的中した。いくつか評価できるところもあったが、このブログで取り上げて来た従来の楽譜の問題点の多くが改善されないままであった。
特にぼくが「無伴奏チェロ組曲」最大の問題としている、第1組曲プレリュードの重弦(→なぜ誰も重弦で弾かないのか )がドッツァウアー の形のままであることには唖然としてしまった。これはすでに2000年のヘンレ版、ウィーン原典版などで不十分ではあるが改善されているのである。これでは1988年の新バッハ全集(初版)と同じであり、何のための改訂版なのか分らないではないか。
そのほか、第5組曲アルマンド第25小節冒頭の低音がGではなくB♭になっていたし(→無視されたリュート組曲 ) 、第6組曲プレリュードの第91小節最後の音がGではなくAになっていた(→無視された7度)。以上の3つはすべての資料で一致しているのであり、議論の余地は無いものである(あるとしたらバッハ自身が間違っているということであり、それを証明しなければならない)。
前文は資料について詳しく書かれており、C資料(18世紀後半の筆写譜)の二人の筆写師のうちの一人が判明したことや、各資料間の関係についてなど興味深いことも書かれていたが、資料に関しての一番重要なこと、すなわちC資料・D資料がアンナ・マグダレーナ・バッハの筆写譜の子孫に当たることは全く気付かれていなかった(→はじめに)。これが解っていないと、楽譜を作成するに当たって判断を誤ってしまうのである。
問題点の詳細については英語版のほうに書いたので、関心のある方は見てもらいたい。
http://bachcellonotes.blogspot.fr/2017/02/new-bach-edition-revised-nba-rev-4_13.html
結論としては早まったと言うほかない。ぼくがもう少し早く気付いていれば校訂者のTalle氏に問題点を指摘することもできたのに残念である。もっとも、指摘したところで理解されずにそのまま出版された可能性が高いが。