2017年3月24日金曜日

多すぎた連桁

  

疑惑の音同様、これもずっと気になっていた所である。連桁(れんこう)とは、複数の8分音符とか16分、32分、64分(以下、倍々になって行く)音符などを結びつける太い横棒のことである。

第6組曲、アルマンドの第15小節、1拍目はパリ初版譜(1824年)以来、おそらくすべての版が次のように表記して来た。

 パリ初版譜(1オクターヴ高く記譜されている):


 旧バッハ全集(1879年):


つまり8分音符二つに等分されて、同じ付点リズムが繰り返されるのである。

ところが、ところがである。実はこれには全く根拠がないものが一つある。筆写譜を見ていただこう(すべてアルト譜表)。

 ケルナー:

 アンナ・マグダレーナ・バッハ(以下AMB):


 C資料:

 D資料:



お気付きになっただろうか?


そう、どれも右部分の最初の音には付点が無いのである(D資料では左部分にも付点が無いが、これは単なる付け忘れであろう)。これにはずっと悩まされ続けてきた。何を意味するのだろうかと。バッハが付点を書かなかったことは確実である。しかしそれでは計算が合わないのだ。3つ続きの64分音符を3連符と考えると32分音符一つ分足りないのである。

ぼくは、そんな計算上の問題はともかく、バッハは右部分の初めは左部分の初めよりやや短めに弾いて欲しかったのだと思うようにしていた。しかし今日ほかの事を調べていて、ケルナーのこの部分を見たら、他の資料と違うではないか。見落としていたのだ。他の資料が左、右それぞれの最初の音は連桁が2本なのに対し、ケルナーでは1本しかないのだ。しかしこれでは他の資料とは反対に、4分音符一つ分にしては長すぎる。

おそらくバッハは左部分はケルナーのように、右部分はAMB(及びC・D資料)のように書いていたのではないか。つまり左部分において下2声(B、F♯)が付点8分音符であることから(ケルナーが付点を書いていないのは省略と考えられる)、上の音も付点8分音符だと考えられるのである。というのはこの曲の他の部分を見ても、旋律が付点8分音符なら伴奏の声部も付点8分音符であり、同様に旋律が付点16分音符なら伴奏の声部も付点16分音符であるからである。

つまりバッハは次のように書いていたと思われる。


もしかしたら、右部分の最初の音は32分音符(連桁3本)だったかもしれない。しかしそれはどの資料にもないので何とも言えない。

あるいは次のようにも考えられる。すなわち、最初は左部分しか書かれていなかった。しかし後でバッハは物足りなく思い、五線の外に右部分を書き足したのではないか。そのためこの部分だけがこの曲で唯一、1拍が二つに分かれて書かれているのだと。またそのため計算が合わないのかもしれない。

 想像図:

いずれにせよ、ここは従来のように1拍を2等分して同じリズムを繰り返すのではなく、次のように弾かれるべきであろう。


自己評価 不等分 ★★★★☆ 二等分

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