2014年9月9日火曜日

第6番ジーグについて


~サスペンションには準備が必要~


サスペンションと言っても、車の話ではない。音楽のサスペンションとは、日本語で掛留音(けいりゅうおん)と呼ばれるものである。

簡単に言うと、2つの和音が続く時に前の和音のうちの1つ(時には2つあるいは3つ)の音が、次の和音に移ってもしばらくそのまま残ってしまうことである。ただししばらくしてから、次の和音の本来の音に移動する。

次の例では * で示したCの音がサスペンションであり、次にBに移動することで本来のGの和音(G-B-D)に落ち着くのである。つまりしばらくの間、サスペンション(宙吊り)の状態になるのである。フランス語ではretard (ルタール/遅延)、つまり次の音に移るのが遅れると表現される。うまい言い方である。


サスペンションの状態にある間、図に7th(7度)と書いたように、他の音(この場合D)と不協和音程を成す。つまり音が濁るのである。今日の我々にはあまり濁っているとは感じられないかもしれないが、DとCだけを弾くとわかるだろう。

逆に、サスペンションの音のある和音、つまり不協和音の方から見ると、そのサスペンションの音には準備が必要なのである。前の和音でその音がすでに鳴らされていなければならないのである。上の例では * で示されたCの音が前の和音でもすでに鳴らされている必要があるのである。以上のことを踏まえて、第6組曲ジーグを見てみよう。


第8小節、これはぼくも長らく見落としていた。旧バッハ全集版(1879年)を見ていて気付いたのである。

4つ目の八分音符はアンナ・マグダレーナ及びC・D資料ではEだが、ケルナーではC#である。これはアンナ・マグダレーナのミス(そしてそれがC・D資料に受け継がれた)と思われる。

 ケルナー(楽譜はアルト記号で書かれている):


 アンナ・マグダレーナ(C・D資料も同じ):

 

と言うのは、9小節目初めのバス音Dと7度音程を成すC#は、2拍目のBへ解決するサスペンション(掛留音)となっており、その前の和音(第8小節後半のAの和音)で準備されていなければならない、つまりすでに鳴らされていなければならないからである。和音に要約するとよく分かるだろう。


長らくEで弾き慣れた人は始めのうちは戸惑うだろうが、しばらくC♯で弾き続けてみてほしい。それからまたEで弾いてみると、今度は第9小節を弾いた時、何でこんなところ唐突にC♯の音が出て来るのか変に思うに違いない。

それにしてもこれまでにC♯を採用した出版譜は、ぼくの知る範囲では旧バッハ全集だけであるが、 なぜか次の第9小節の和音がただの三和音(D-A-F♯)になっている。


ここに至るまでの経緯は興味深いものがある。このD-A-F♯を最初に書いたのはパリ初版譜(1824年)である。ここには指使いも書いてあるので、印刷のミスではないことがわかる。校訂者のノルブランはある意味正しかったのである。第9小節の和音の前に準備の音、つまりC♯がなかったので、第9小節の和音の方が間違っていると考えたのである。

 パリ初版譜(段が分かれているものを合成。ト音記号により1オクターヴ高く表記されている):


これがドッツァウアー(1826年)、グリュッツマッハー(1865年頃)と受け継がれたが、旧バッハ全集はなぜかケルナーとパリ初版譜系をごちゃ混ぜにしてしまったのである。

にほんブログ村 クラシックブログ チェロへ 
 

0 件のコメント:

コメントを投稿