2017年3月26日日曜日

奇妙な和音?


~「平均律」にもマタイ受難曲にもあるこの和音のどこが奇妙なのか?~



もういい加減にしろ!という思いから、無視されたリュート組曲 からこの項目を独立させることにした。正直言って、バッハ研究者には資格試験を施す必要があるのではないか、と思う程である。

第5組曲アルマンドの第25小節冒頭の和音は、歴代のチェロ組曲校訂者の無知によって馬鹿げた改変が今もなお続けられているのである。

冒頭の和音とは次のようなものである。

 ケルナー:
 
   アンナ・マグダレーナ・バッハ(以下AMB):


 C資料:

 D資料:

 パリ初版譜: 

ケルナー以外はスコルダトゥーラ(変則調弦)表記なので、一番上のB♭は実際に鳴るのはA♭である。すなわちこの和音は下からG-D-A♭という、それだけでは確かにやや奇妙に響く和音である。そのため最低音のGは歴代の校訂者たちによってB♭に改変されて来た。最初にこの改変を行ったのはドッツァウアー(1826年)である。


そしてこの改変はグリュッツマッハーにも受け継がれ、旧バッハ全集(1879年)までが採用して決定的なものとなる。

ところで第5組曲はバッハ自身が後にリュート用に編曲している(BWV 995)。そこではバッハはチェロよりも弦の多いリュートの特性を生かして、次のように5つの音を書いているのだ。このリュート用編曲ではチェロ組曲の調(ハ短調)よりも5度高いト短調に移調されており、上段はテナー譜表に、下段は通常のバス譜表(ヘ音記号)に書かれている。従ってその構成音はD-F-A-C-E♭である。 

 リュート組曲(2段に分かれたものを合成):


わかりやすいように、チェロ組曲と同じハ短調に移調してみよう。構成音はG-B♭-D-F-A♭となる。


バス音はチェロ組曲同様Gであり、その上に3度間隔で4つの音が重ねられている。ただこれだけでは何だか密集した音の塊にしか見えないだろう。そこで次の図を見ていただきたい。

 ハ長調に移調したもの。

上の図で(変ホ長調、ハ長調共に)、左の方はトニック(音階の第1音)の上にドミナント7(いわゆる属7、音階の第5音の上に3度、5度、7度の音を積み重ねたもの)の和音が乗っかっているが、これは非常によく使用される和音である。一番分りやすい例は、第1組曲プレリュードの第3小節(G-F♯-C)であろう。

そしてこのアルマンドの和音は、そのバス音が上の図の右側のようにトニックの代わりに音階の第3音(メディアント)になっているのものなのである。バス音がトニックの場合に比べてまれではあるが、バッハの他の作品にも見られるものである。それぞれ黒い音符で示した和音に解決される。

しかしそれにもかかわらず、20世紀のスタンダードと言うべき、ヴェンツィンガー版などは校注で、AMBもケルナーもリュート組曲(つまりバッハ自身!)もみんな間違っていると言ってのけている有様なのである。

ドッツァウアー以降でこのバス音Gがちゃんと正しく書かれたのは1988年の新バッハ全集版(ハンス・エプシュタイン校訂)がおそらく最初であろう。その後はイッキング版、ヘンレ版など、このGを書く版も多くなって来た(残念ながらまだいくつかの主要な版を確認していないが)。

しかし、ここに来てこのB♭が亡霊のように復活してしまったのである。しかもあろうことか、エプシュタインが百数十年ぶりに正しく直した新バッハ全集のその改訂版においてなのである! そこで校訂者(Andrew Talle氏)は「奇妙な和音」(the bizarre chord)などと言っているが、奇妙なのは校訂者の方であって、何の権利があって自分がわからないからと言ってバッハの書いた音を勝手に修正するのか?なぜ同じ和音がバッハの、あるいは他の作曲家の作品にないか探そうとしないのか?あるいはより和声に詳しい他の音楽学者や作曲家などに尋ねてみようとしなかったのか?


さてこの和音のバッハ自身の使用例を見てみよう(もちろんチェロ組曲とリュート用編曲を除いてという意味だが)。ぼくは今のところ10個の例(14ヶ所)を見つけている。 探せばもっとあることは確実である。また確かな根拠があるわけではないが、この和音は何となくフランス趣味のような気がするのでフランスの作曲家の作品の中にあると思い、フランソワ・クープランの作品を調べてみたところいくつかの例を見つけた。まずはそちらから紹介しよう。

第2オルドル(Second Ordre)より、アルマンド"La Laborieuse" 第23小節。


ルソン・ド・テネブルより「二声による第3ルソン」"Mem"。


以下はバッハの作品より

「平均律クラヴィーア曲集」第1巻第7番、変ホ長調プレリュード、第18、21、50小節。


「平均律クラヴィーア曲集」第2巻第3番、嬰ハ長調プレリュード、第11小節の最初の和音。上の2段はわかりやすいようにハ長調に直したもの、下の2段はバッハ自身が書いたこの曲の原型(BWV 872a)である。


同じく 「平均律クラヴィーア曲集」第2巻より、第16番ト短調のプレリュード、第12小節1拍目。これは(この部分では)チェロ組曲と調も同じなので解りやすいだろう。


もう一つ「平均律クラヴィーア曲集」第2巻より、第21番変ロ長調のプレリュード、第58小節。


フルート・ソナタ ロ短調(BWV 1030)、第2楽章第13小節(バッハの自筆譜)。


 「マタイ受難曲」終曲の第11小節冒頭。一瞬ではあるがこれも調が同じである。第23、91、103小節も同様。


もう一つ、「ミサ曲ロ短調」よりグローリアの第56小節。合唱部とバスのみ。器楽部は省略。
この例は速すぎて、耳にはほとんど気づかれないが(笑)。


同じく 「ミサ曲ロ短調」よりクォニアムの第14小節と第91小節(音楽的に同じ。ここでは第91小節を載せる)。


まだまだ見つかりそうだが、これ以上探す必要があるだろうか?このようにバッハ以外の作品にも、バッハの他の作品にいくつも使用されている和音であり、この「奇妙な和音」がバッハの意図したものであることに疑いの余地など全くない。改変など言語道断である。またお持ちの楽譜がB♭なら直ちに修正していただきたい。

自己評価 G(100%) ★★★★★ B♭(0%)

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2017年3月24日金曜日

多すぎた連桁

  

疑惑の音同様、これもずっと気になっていた所である。連桁(れんこう)とは、複数の8分音符とか16分、32分、64分(以下、倍々になって行く)音符などを結びつける太い横棒のことである。


第6組曲、アルマンドの第15小節、1拍目はパリ初版譜(1824年)以来、おそらくすべての版が次のように表記して来た。

 パリ初版譜(1オクターヴ高く記譜されている):


 旧バッハ全集(1879年):


つまり8分音符二つに等分されて、同じ付点リズムが繰り返されるのである。

ところが、ところがである。実はこれには全く根拠がないものが一つある。筆写譜を見ていただこう(すべてアルト譜表)。

 ケルナー:

 アンナ・マグダレーナ・バッハ(以下AMB):


 C資料:

 D資料:



お気付きになっただろうか?


そう、どれも右部分の最初の音には付点が無いのである(D資料では左部分にも付点が無いが、これは単なる付け忘れであろう)。これにはずっと悩まされ続けてきた。何を意味するのだろうかと。バッハが付点を書かなかったことは確実である。しかしそれでは計算が合わないのだ。3つ続きの64分音符を3連符と考えると32分音符一つ分足りないのである。

ぼくは、そんな計算上の問題はともかく、バッハは右部分の初めは左部分の初めよりやや短めに弾いて欲しかったのだと思うようにしていた。しかし今日ほかの事を調べていて、ケルナーのこの部分を見たら、他の資料と違うではないか。見落としていたのだ。他の資料が左、右それぞれの最初の音は連桁が2本なのに対し、ケルナーでは1本しかないのだ。しかしこれでは他の資料とは反対に、4分音符一つ分にしては長すぎる。

おそらくバッハは左部分はケルナーのように、右部分はAMB(及びC・D資料)のように書いていたのではないか。つまり左部分において下2声(B、F♯)が付点8分音符であることから(ケルナーが付点を書いていないのは省略と考えられる)、上の音も付点8分音符だと考えられるのである。というのはこの曲の他の部分を見ても、旋律が付点8分音符なら伴奏の声部も付点8分音符であり、同様に旋律が付点16分音符なら伴奏の声部も付点16分音符であるからである。

つまりバッハは次のように書いていたと思われる。


もしかしたら、右部分の最初の音は32分音符(連桁3本)だったかもしれない。しかしそれはどの資料にもないので何とも言えない。

あるいは次のようにも考えられる。すなわち、最初は左部分しか書かれていなかった。しかし後でバッハは物足りなく思い、五線の外に右部分を書き足したのではないか。そのためこの部分だけがこの曲で唯一、1拍が二つに分かれて書かれているのだと。またそのため計算が合わないのかもしれない。

 想像図:

いずれにせよ、ここは従来のように1拍を2等分して同じリズムを繰り返すのではなく、次のように弾かれるべきであろう。


自己評価 不等分 ★★★★☆ 二等分

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2017年3月1日水曜日

疑惑の音


第2組曲において、このところ頭に引っかかっている「疑惑の音」がある。それは、クーラント、第24小節の終わりから2番目の音である。普通これはアンナ・マグダレーナ及びC資料、D資料に従ってFで弾かれる。しかしケルナーではGなのである。

 アンナ・マグダレーナ(C・D資料も同じ):


 ケルナー:

Fでも何の問題もないように思われる。それゆえ今まで特に議論されることもなかった。しかし第24小節はそれまで調があちこちさまよった挙句、やっとニ短調の並行調であるヘ長調に落ち着いたところである。しかしそこでFを弾いてしまうと、せっかくたどり着いたのに、あっという間に元のニ短調に戻ってしまうのだ。ここはぐっと我慢して、第26小節でやっとニ短調にたどり着いた方が、主調に戻ったことがより強く感じられる。

そこで注目して欲しいのが下の図でちょうどその真下にある、第27小節の終わりから2番目のGの音である。


もし未だにこの音をFで弾いている人がいたらすぐに改めること。それはパリ初版譜(1824年)からずっと引き継がれている誤りである。これはすべての筆写譜が一致してGなのである。この第27小節でも同じことが言え、ここでFを弾いてしまったら一瞬ではあるがニ短調の和音が聞こえてしまい、第29小節でニ短調にたどり着く達成感が失われる。

この四角で囲まれた2つの場所を見ると、ちょうどEとDの音がオクターヴ下にあるか上にあるかの違いだけであることがわかる。そしてどちらも次の小節はドミナント7(属7)の和音である。つまりこれらの2つの部分は対応しているのである。

ぼくとしては次の図のような和声進行を考えている(赤い枠の中)。ついでだからクーラント後半全体を和声要約してみた。この曲を把握するのに大変役立つと思うので、ぜひ鍵盤楽器で弾いてみてほしい。


「疑惑の音」はアンナ・マグダレーナのミスで、それをC・D資料が受け継いだ可能性が高い。

しかし考えようによっては、パリ初版譜の校訂者、ノルブランは鋭かったのかもしれない。第24小節がFになっているからこそ第27小節もFの方が自然に感じられたのだろうから。

自己評価 G ★★★★☆ F

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2017年2月7日火曜日

新バッハ全集改訂版の「無伴奏チェロ組曲」

 

~早まった出版~


つい先日、 新バッハ全集改訂版の「無伴奏チェロ組曲」 が出版されたことを知った。去年の11月に発行されたようである。旧バッハ全集や新バッハ全集が何かということは他で調べてもらいたいが、ともかく新バッハ全集刊行後のバッハ研究の進展により、改訂版を出す必要が生じたということで、2010年にその第1巻として「ロ短調ミサ曲」が発行され、その後2年ごとに1巻ずつ発行され、「無伴奏チェロ組曲」はその第4巻ということである(ベーレンライター社のページ)。

改訂版の話は聞いたことはあったが、まさかこんなに早く「チェロ組曲」が出るとは知らなかった。非常に悪い予感がした。ぼくは音楽学者ではなく、インターネットで自説を発表しているだけなので、改訂版の校訂者(Andrew Talle 氏)がぼくの研究に気付いている可能性は非常に低いからだ。

インターネットでいくら検索しても、フランスの図書館の蔵書の中には見つからなかったが、パリ高等音楽院の図書館に問い合わせてみると、ちょうど届いたばかりだと言う。早速行ってみた。

2巻に分かれているが、第2巻は各筆写譜が数小節ごとに区切られて比較参照できるようになっているもので、これはとりあえず必要ないので、第1巻の楽譜を見る。気になるところをざっと見てみたが、悪い予感は的中した。いくつか評価できるところもあったが、このブログで取り上げて来た従来の楽譜の問題点の多くが改善されないままであった。

特にぼくが「無伴奏チェロ組曲」最大の問題としている、第1組曲プレリュードの重弦(→なぜ誰も重弦で弾かないのか )がドッツァウアー の形のままであることには唖然としてしまった。これはすでに2000年のヘンレ版、ウィーン原典版などで不十分ではあるが改善されているのである。これでは1988年の新バッハ全集(初版)と同じであり、何のための改訂版なのか分らないではないか。

そのほか、第5組曲アルマンド第25小節冒頭の低音がGではなくB♭になっていたし(→無視されたリュート組曲 ) 、第6組曲プレリュードの第91小節最後の音がGではなくAになっていた(→無視された7度)。以上の3つはすべての資料で一致しているのであり、議論の余地は無いものである(あるとしたらバッハ自身が間違っているということであり、それを証明しなければならない)。

前文は資料について詳しく書かれており、C資料(18世紀後半の筆写譜)の二人の筆写師のうちの一人が判明したことや、各資料間の関係についてなど興味深いことも書かれていたが、資料に関しての一番重要なこと、すなわちC資料・D資料がアンナ・マグダレーナ・バッハの筆写譜の子孫に当たることは全く気付かれていなかった(→はじめに)。これが解っていないと、楽譜を作成するに当たって判断を誤ってしまうのである。

問題点の詳細については英語版のほうに書いたので、関心のある方は見てもらいたい。
http://bachcellonotes.blogspot.fr/2017/02/new-bach-edition-revised-nba-rev-4_13.html

結論としては早まったと言うほかない。ぼくがもう少し早く気付いていれば校訂者のTalle氏に問題点を指摘することもできたのに残念である。もっとも、指摘したところで理解されずにそのまま出版された可能性が高いが。

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2016年2月3日水曜日

謎の「パリ初版譜」

「無伴奏チェロ組曲」の最初の印刷楽譜が出版されたのは、作品が書かれたほぼ100年後の1824年、ドイツではなくフランスはパリのJanet et Cotelle社からであった。

しかしJanet et Cotelle社は現存しないようだし、出版されてからどのぐらい売れたのか、いつごろまで出版されたのか不明で、この曲の歴史からは忘れられた存在になっていたようである。広く知られるようになったのは、2000年の新ベーレンライター原典版が資料の1つとして復刻してからであろう(また現在では無料楽譜サイトIMSLPで誰でも見られるようになっている)。その点1826年に出版されて以来、20世紀半ばまで使われていたというドッツァウアー版とは好対照である。

そのせいか、この初版譜にはどうにもよくわからないところがある。さまざまな類似性からこの初版譜の元になった資料が18世紀後半の筆写譜であるC資料・D資料と同系統であることは明白だが、そもそもその資料がよくわからないのである。出版社の前書きには次のようにある。

 「編集者のことば

全ヨーロッパの著名な作曲家の中で、その名声に最も正当に値するのは、疑いも無くセバスチャン・バッハである。彼のピアノのためのフーガと、ヴァイオリンのための練習曲は常に古典とみなされて来た。近代音楽の主要三楽器のための教程を完成させるために、同じ作曲家はチェロのための特別な練習曲を書いたのである。しかしこの作品は印刷されたことが無く、発見するのさえ困難であった。王室音楽家で王立音楽院首席チェリストのノルブラン氏は、ドイツ中を探し回った末、その忍耐の成果としてついにこの貴重な手稿譜を発見したのである。

この曲集は6つの組曲で構成されており、それぞれの組曲は6つの曲に分けられている。第6組曲のみがチェロの高音域のために、その他は低いネックの音域の練習を目的としているが、低音にこそこの楽器の真の性質があるのであり、またそこにこそより本当の難しさがある。これによってチェロのためのバッハの練習曲は他の作品と同じように古典となるであろうし、この曲集の出版は大きな成功を得るに違いない。これをお知らせするにあたって、我々はこの楽器の愛好家や教師、そして良い音楽とすべての芸術の愛好者たちに奉仕するものと信じている。」 

(AVIS DES EDITEURS

Un des compositeurs les plus célèbres dans toute l’Europe, dont la réputation fut le plus justenment méritée, est sans contredit Sébastien BACH. Ses Fugues pour le piano et ses Etudes pour le violon ont toujours été mises au nombre des ouvrages classiques. Dans la vue de completer un cours d’exercices pour les trois principaux instrumens de la music moderne, le même auteur avait composé des Etudes particulières pour le violoncelle; mais cet oeuvre n’a jamais été gravé, il était même difficile de le découvrir. Aprés beaucoup de recherches en Allemagne, M. NORBLIN, de la musique du Roi, premier violoncelle de l’Académie royale de Musique, a enfin recueilli le fruit de sa persévérance, en faisant la découverte de ce précieux manuscrit.

Ce recueil se compose de six suites, dont chacune est divisée en six morceaux. La sixième suite est la seule qui ait pour objet les sons élevés du violoncelle; le reste de l’ouvrage est destiné à exercer le bas du manche; et comme c’est dans les sons graves que consiste le véritable caractère de l’instrument, c’est aussi là que résident les difficultés les plus réelles. Ainsi les Etudes de BACH pour le violoncelle ne seront pas moins classiques que ses autres ouvrages, et la publication de ce recueil ne peut manquer d’obtenir le plus grand succès. En le faisant connaître nous croyons rendre service aux amateurs et professeurs de cet instrument, à tous les amis de la bonne musique, à l’art tout entier.)



この貴重な手稿譜ce précieux manuscrit)とは一体何であったのか?C資料が発見されたのは1830年なのでまだ知られていなかった。ただD資料は1799年にウイーンで競売にかけられたことで発見されてはいる。しかし前書きには詳しいことは何も書かれていない。いずれにせよ、貴重な筆写譜をフランスに持って帰るわけには行かないから、ノルブランが筆写したのは間違いない。しかしJanet et Cotelle社がなくなったので、その筆写譜、つまりパリ初版譜の原稿は行方不明である。

それはともかく、やはり「無伴奏チェロ組曲」の出版は編集者の自負通り、注目を集めたのだろう。翌年(1825年)には早速ドイツはライプツィッヒのH. A. Probst社からその海賊版が出ている。ただ多少の修正は施されているということだが、残念ながらProbst版はインターネット上でまったく見当たらないので確認はできない。

そしてその翌年(1826年)にはいよいよドッツァウアー版がブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版されるのである。 このドッツァウアー版はProbst版を元に、ケルナーの筆写譜によりさまざまな修正を施して作成されたようである。アンナ・マグダレーナ・バッハの筆写譜は参照されなかったようである。

しかしこの話の流れを疑う人もいる。オーストリア在住のドイツ人チェリスト、メルテンス氏は、ノルブランはドッツァウアーがチェロ組曲を出版しようとしているのを知って、自分のほうが先に出版したくて、ドイツにドッツァウアーを訪れ、そこでドッツァウアーから筆写譜をもらったか、自分で筆写したのだろうと考えている。そしてパリに戻り大あわてで出版したため、パリ初版譜はミスだらけなのだと。→http://www.georgcello.com/bachcellosuites.htm#prints

ありうる話かもしれない。作曲されてから100年間まったく出版されなかったのに、パリ初版譜とドッツァウアー版とが立て続けに出版されたのが、幾分不自然にも感じられるからである。 ちなみに無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータは1802年にジムロック社から出版されている。

またパリ初版譜がC・D資料と同系列でありながら、ところどころケルナーとの一致を見せているのも不思議なのである。C・D資料もケルナーとの一致を見せることもあるが、それは間接的な関係であるのだが、パリ初版譜とケルナーとの一致はより直接的に思えるのである。それもノルブランがドッツァウアーから写譜させてもらったのだと考えると納得できるわけだが。

いずれにせよぼくとしてはまだ研究を始めたばかりなので、 あまり確かなことは言えない。

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2016年1月24日日曜日

D資料のカラー版ファクシミリ


すでにアンナ・マグダレーナ・バッハ(以下AMB)及びケルナーの筆写譜、バッハ自身による第5組曲のリュート編曲版、C資料はカラー版ファクシミリになっていたが、ついにD資料(18世紀末の筆写譜)もカラー写真版になった。

http://search.obvsg.at/primo_library/libweb/action/dlDisplay.do?institution=ONB&vid=ONB&onCampus=false&lang=ger&docId=ONB_aleph_onb06000461828
(上のページ右にあるサムネイルをクリックすると楽譜が見れます)

これで無伴奏チェロ組曲に関するすべての筆写譜及び自筆譜がカラー化され、インターネット上で誰でも見ることができるようになったのである(資料については「バッハへの道」参照)。

実際のところ、これまで流通していた白黒のファクシミリは裏写りがひどかったり、細部が確認しづらかったり、時には部分的に画像が飛んでいたりで、精緻な研究には耐えられないものだったのである。AMBの筆写譜など1927年(!)のアレクザニアン版に使われたものがそのまま新ベーレンライター原典版(2000年)にまで使われていたのである。

トルトゥリエ版を持っている人なら、第2組曲ジーグの第69小節(終わりから8小節目)の頭の音にフラットが無いことを不思議に思ったことがあるかもしれない。しかしこれはトルトゥリエが間違えたのではなく、AMBの白黒ファクシミリではこのフラットが飛んでいるのである(ただし演奏ではちゃんとフラットを弾いているが)。
 
ぼくも横山版を作り始めたころはまだカラー版が無かったので、このフラットを書かなかったのだが、ほどなくカラー版が公開されたため修正したのである。ケルナーなど新ベーレンライター原典版の資料では時に裏写りがひどくてほとんど読めなかったのだ。

 ケルナーの筆写譜より、第3組曲サラバンド、白黒版

 
 
  同カラー版、余談だが3段目、1小節目と2小節目の間、原曲の5小節分が抜け落ちている。  


本当に幸いなことに、カラー版の公開と横山版の作成とが同時進行したのである。横山版はこれら最新の資料なしでは完成しなかったのである。これからまだまだ新たな発見があることだろう。

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2016年1月14日木曜日

気付かれなかったA

~スコルダトゥーラはややこしい~


今日久しぶりに第5組曲をスコルダトゥーラで弾いていて、ふと「この音はひょっとして、、、」と思いつき、どうやらこれまで誰も気付いていなかったことに気付いたようである。しかしこれは今までの楽譜校訂者が悪いとは言い切れない。スコルダトゥーラのせいである。

スコルダトゥーラとは通常の調弦とは異なる変則調弦のことであり、第5組曲では一番高いA弦を2度低いGに調弦する。これによってD弦との音程が4度になり、通常の5度調弦よりも密集した和音が弾きやすくなる。通常の調弦では実際のところスカスカした和音しか弾けないのである。 ヴァイオリン族は本質的に旋律楽器であり、和音楽器ではない。

さてここで変則調弦された弦の記譜法がややこしいのである。楽譜には実際に鳴る音が書かれていないのだ。奏者はまるで変則調弦などなかったかのように弾かなければならない。例えば楽譜にDの音符が書かれているとする。奏者は通常の調弦の時と同じDの位置を指で押える。しかし第5組曲の場合で言えば2度低く調弦されているので、実際に鳴る音はCである。

ところが変則調弦されていない他の弦は普通に記譜される。そのためその境目にある記譜上のAやBの音はどちらの弦のために書かれてあるのか、実音なのか、実音より2度高い記譜上の音なのか判断が難しくなるのである。いわば変則調弦された弦だけが移調楽器のように書かれるのである。ここまで書いただけで胃腸の調子が悪くなりそうである。

ケルナーはオルガニストで作曲家であり、自分の研究のためにバッハの曲を写譜したので、この第5組曲は原譜通りではなく実音に直して書いている。ところが彼にはよほど難しかったのだろう。ミスだらけなのである。


さて何の音に気付いたかと言うと、プレリュード第170小節の最初の(記譜上の)Aの音である。

 アンナ・マグダレーナ・バッハ:


従来この音はスコルダトゥーラされた第1弦の開放弦、すなわちGだと考えられて来た。例えば上に書いたケルナーもGだと思ったのである(やや読みづらいが、上の2本の線は加線である。つまり一番上の線にある音はE♭)。


しかしそれでは音楽上おかしいのである。つまりその次の小節から5小節にわたってハ短調のドミナントであるG音がペダル音(保続音・オルゲルプンクト)として鳴り続けるのだが、そのG音がペダル音が始まる前に聞こえてしまってはその効果が台無しになってしまうのである。これはタネが見えてしまっているマジックと同じだと言えばよくわかるだろう。

ペダル音の始まる2つ前の第169小節はF♯-(A)-C-E♭の減7の和音であり、ハ短調におけるドッペルドミナントになっており、第170小節もそのままドッペルドミナントであれば音楽的に理にかなっている。

そして事実、第170小節もドッペルドミナントであり、頭の音はスコルダトゥーラされた第1弦のためではなく第2弦(D弦)のために書かれたのであり、実音は当然記譜音と同じA(ナチュラル)なのである。

3つの視点から見てみよう。1つはこの楽譜そのものからで、もし第170小節の頭の音がGならば、第167小節(上のAMBの楽譜、最初の2つの16分音符の次の小節)も第170小節もまったく同じになるが、頭の音が第167小節では第2弦のために書かれ、第170小節では第1弦の開放弦のために書かれる理由が見当たらない。また第166から第169までの4小節間、各小節の頭の音はすべてD弦のために書かれている。その流れからして第170小節だけが第1弦のために書かれているというのもおかしな話である。

2つ目はバッハ自身によるリュート編曲版(ト短調)である(第167小節から)。


わかりやすいようにハ短調に移調してみよう(第166小節から)。


リュート組曲では原曲に無い低音が付加されており、そのため第170小節の頭の音はD(原調ではA )に変えられているが、和音としてはまさしくドッペルドミナントである。
 

もう一つ、それはここの部分が5小節の区切りになっていることである。ここでは第166小節から4小節弾いた後、第170小節を飛ばして第171小節に直接飛び込んでも音楽的にはおかしくない。それをわざわざもう1小節付け足しているのは緊張を高め、次のオルゲルプンクトでその緊張を一気に解放するためである。 つまり第170小節は第169小節の延長なのであり、同じ和音であるのは当然なのである。
 
以上の理由により、この音が実音Aであることは疑いの余地がない。

気付いてみれば音楽的に当然の進行なのに、なぜこれまで誰一人として気付かなかったのだろうか?無視された重弦などと違い、これは楽譜が変えられたわけではない。ただどちらの弦のために書かれたのかということを誰も深く考えてみなかっただけのことである。

リュート組曲にしても、ヴェンツィンガー版(1950年)やマルケヴィッチ版(1964年)が取り上げているのだから、その存在がチェリストに知られるようになってすでに60年以上になるのである。 

自己評価 A (5) ★★★★★ G (0)

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