2014年9月17日水曜日

なぜ誰も重弦で弾かないのか


~無視された重弦~


これはバッハ「無伴奏チェロ組曲」における最大の謎である。なぜドッツァウアー以来200年近くもの間、誰もこれに気が付かなかったのか?

それは無伴奏チェロ組曲の顔とも言うべき、第1組曲のプレリュードの第33小節3拍目から第36小節第2拍目までのaの音に関することである。

4つの筆写譜すべてがそれらをAの開放弦とD弦上のa音のユニゾン、つまり重弦で弾くべきであることを示している。 なぜならそれらのa音にはすべて二重符尾、つまり上下に2つの符尾(ぼう)が書かれているからである。

 ケルナー:


アンナ・マグダレーナ・バッハ:


 C資料:


 D資料:


ところが1826年にドッツァウアーがブライトコプフ社から彼の版を出版した際、次のように書き換えてしまったのである。


これは決してドッツァウアーだけのせいではなく、その前の1824年のパリ初版譜において既にその兆候が見えている(二重符尾だが指使いが単弦用になっている)のだが、


それはさておき、これが後の旧バッハ全集(1879年)などに引き継がれ、1997年にヴェルナー・イッキング氏の楽譜が現れるまで、すべての出版譜がこの重弦を無視し続けて来たのである。とりわけひどいのは、あろうことか1988年の新バッハ全集版(ハンス・エプシュタイン編)までが、この重弦を無視していることである。何のための「新」バッハ全集なのだろうか?イッキング氏はアマチュアのヴァイオリニストである。専門家は何をしていたのか?

とりわけこの重弦の出だしに注意してほしいのだが、すべての資料が3つ続きのaの重弦を示している。現在ではウイーン原典版など、 この重弦を書くようになった出版譜も出始めたのだが、この3つ続きの重弦をちゃんと書いているのは、イッキング版と横山版だけである。

信じられないのはヘンレ版で、2000年の初版ではちゃんとこの3つ続きを書いていたのに、2007年の改訂版では3つ続きをやめてしまったのである。無知なチェリストの助言でもあったのだろうか。既存の出版社の没落を示すかのような出来事である(ちなみに、イッキング版も横山版も共にインターネット上で無料配布されている楽譜である)。

指使いの一例を示しておく。


このような連続する重弦はこのプレリュードだけだが、単独のユニゾンはチェロ組曲の他の曲の中にもいくつかある。

 1、第2組曲サラバンドの冒頭、dのユニゾン。
 2、第5組曲ガヴォット2、第8小節最初、gのユニゾン。
 3、第5組曲クーラント、第12小節の最初、gのユニゾン。
 4、第6組曲アルマンド、第8小節最初、aのユニゾン。
 5、第6組曲ジーク、第53小節最初、aのユニゾン(AMBのみ)。

これらのユニゾンはほとんどの奏者が重弦で弾いているだろうに、第1組曲のプレリュードだけを例外とする理由は何なのだろうか?

それでも重弦を疑う人は、無伴奏ヴァイオリンのための「シャコンヌ」をご覧いただきたい。バッハ自身が証明しているから。中間のニ長調の部分、第165小節からa音およびd音で、同音の重弦が力強い表現を行っているが、これをまさか単弦で弾くヴァイオリニストはいないだろう。なぜなら二重符尾で書かれているからである。

 バッハの自筆譜より


それならどうしてチェリストは同じようにしないのだろう?

またバッハがもしD弦とA弦を交互に弾くのを望んでいたのなら、その同じ「シャコンヌ」のあとの方(第229小節以降)で書いているようにしただろう。これはまさしくドッツァウアー以降の書き方とそっくり同じなのである。


これ以上の証明は必要ないだろう。

追記
2016年11月に新バッハ全集の改訂版が出版されたが、そこでも重弦は書かれていなかった。もはやただ呆れるほかはない。ヘンレ版やウイーン原典版よりも後退してしまっている(→新バッハ全集改訂版の「無伴奏チェロ組曲」

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