2015年8月7日金曜日

無視されたリュート組曲

 

~せっかくの自筆譜なのに~


バッハのリュート組曲ト短調(BWV 995)は「無伴奏チェロ組曲」第5番ハ短調のバッハ自身による編曲であり、これには自筆譜が残っている。
http://imslp.org/wiki/Suite_in_G_minor,_BWV_995_%28Bach,_Johann_Sebastian%29
自筆譜が失われた「無伴奏チェロ組曲」にとって、これはまたとない貴重な資料である、、、





はずなのだが、、





どういうわけか、これが全然活用されていないのである。例えば、

プレリュード193小節、3番目の音はほとんどの出版譜がGになっているが、これは実はA♮なのである。

 ケルナー(最後の音A♮は実音で書かれている):


  リュート組曲:  上段はテナー譜表、下段はバス譜表で書かれている。しかし上段はこのままハ短調で書かれたバス譜表として読める。


 アンナ・マグダレーナ・バッハ(以下AMB/最後の音はスコルダトゥーラ(変則調弦)で書かれていて、実音はA♮):

 
 C資料(D資料も同様):


もし、リュート組曲がなければ、ケルナーとAMB(及びC、D資料)との違いはバッハ自身による改訂の結果という可能性もないではないが、リュート組曲がA♮である以上、AMBのミスと考えて間違いない。それによく見ると、AMBは書き直しているのが分かる。これはGと書いた後、Aと書き直したのだろう。ただその際書き直すことに気を取られてナチュラルを付け忘れたのだと思われる(バッハ自身が書き忘れた可能性も無くはない)。

ただおもしろいことにパリ初版譜(1824年)ではA♮になっている。資料がそうなっていたのか、資料はGだったのに直感で直したのかはわからないが、おそらく小節最後の音がA♮だったので単純にそれに合わせたのだろう。

自己評価 A ★★★★★ G (0)

また、アルマンドの第25小節、2つ目の4分音符に相当する場所のリズムは、ぼくの知る限りすべての出版譜で8分音符1つと16分音符2つになっているが、これはAMBのミス以外の何ものでもない。ケルナーとリュート組曲は共に16分音符2つと8分音符1つのリズムになっている。AMBのリズムではあまりにも野暮ったい。

これもせっかくのリュート組曲が生かされていない例である。またC、D資料がAMBの子孫であることがわかっていないから、なんとなくAMB以外もそうなっているからと、多いほうに傾いてしまった例でもある。

 ケルナー:


 リュート組曲(2段に分かれたものを合成):


 AMB(C、D資料も同様):



注)

これより以下は新しい記事として独立させたので、そちらをご覧下さい。→ 奇妙な和音?

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それから次はほとんど許せないレベルであるが、同じ小節の頭の和音について、そのバス音はほとんどの版がB♭になっている。どうしてそうなったのか全く理解不能なのだが、これはすべての筆写譜、そしてリュート組曲もGなのである(AMBの和音の一番上の音はスコルダトゥーラ表記のため、実音はA♭である)。

上のリュート組曲の楽譜をわかりやすいように、ハ短調に移調してみよう。


チェロ版とリュート版と比較すれば一目瞭然だが、チェロ版では弦の数が少ないために和音の音が省略されている。そのために何の和音なのかチェロ版だけではややわかりにくいかもしれないが、これはそんなに難しい和音ではない。
 

上の図で、左の方はトニックの上にドミナント7(いわゆる属7)の和音が乗っかっているありふれた形だが、そのバス音が右のようにトニックの代わりに第3度音になっているだけ なのである。バス音がトニックの場合ほど多くはないが、たまに使われるし、ましてや楽譜の校訂者がこの和音がわからないなんて言語道断である。

ヴェンツィンガーなどは校注で、AMBもケルナーもリュート組曲(つまりバッハ自身!)もみんな間違っていると言ってのけている有様である。これが1950年の時点での無伴奏チェロ組曲研究の状況だったのである。

この和音の使用例として、バッハ自身の他の作品から2つの例を挙げてみよう。

「平均律クラヴィーア曲集」第2巻第3番、嬰ハ長調プレリュード、第11小節の最初の和音。上はわかりやすいようにハ長調に直したもの、下はバッハ自身が書いたこの曲の原型(BWV 872a)である。


「マタイ受難曲」終曲の第11小節冒頭。一瞬ではあるが調も同じで、紛れもない同じ和音である。


最近の出版譜では、イッキング版とヘンレ版はちゃんとGを書いている(もちろん横山版も)。

自己評価 G ★★★★★ B♭ (0)

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